「シイさんって、8年目みたいですよね」
今年私の下についた新卒1年目のことから言われたセリフです。
「年老いて見えるということΣ੧(❛□❛✿)」と突っ込むと、
そうではなく、追いつける気がしないとのこと。
なかなか可愛いことを言ってくれる後輩ですが、
振り返ると波乱万丈であったコンサル会社での4年間。
特に入りたてのメンバーなどはきつい時期があるのだと思っていますが、
みんな苦労して成長していくものだと思っています。
あくまで一例ですが、私の経験を書くことで、
「ここを頑張って乗り越えよう」
そう思ってくれるかたが少しでもいたり、
コンサル業界に転職を検討している方に
少しでも実情のイメージが伝われば嬉しいです!
4年間の振り返り
1年目_絶望と退職検討
いきなりタイトルが不穏ですね(笑)
社会人1年目はどの会社にいても相応に大変だと思いますが、
本当にきつく冬には毎日やめようと思っていた時期です。
その話から始めましょう。
なにがそんなにきつかったの??
個人的には大きく分けると2つあるかなと思っています。
まず1つ目は上司です。
私が1年目についた時に、直上司となったのは、
入社6年目のマネージャーの女性Oさんでした。
勤務していたコンサル会社の等級は、
アソシエイト→コンサルタント→シニアコンサルタント→マネージャー
となっています。
マネージャーとは管理職です。
6年目(28歳)でそこに到達するというのは、
つまり相当優秀な人だったということです。
普通、そんな人に新人が直接つくことはないのですが、
実は裏話がありまして、
元々その女性マネージャーOさんの下についていた
入社3年目の先輩がその人の下では指導が厳しすぎて、
精神的に耐えきれないということで、
私が入社する直前で別のところに異動をしたのです。
こうして、上司の意図を通訳してくれる頼れる先輩もおらず、
地獄の幕開けが始まるのでした。
その方に最もかけられた言葉は
「ごめん、何言ってるかわからないんだけど」
「ちゃんと考えてくれない?」
の2つでしたね笑
本当に怖くて、
社内でmtgをする際には、
エクセルで
行挿入や列挿入といった簡単なショートカットができませんでした。
(手が震えちゃうんですよね笑)
加えて、Oさんは頭がとても良かったので、
論理的に間違った指摘を受けたことはなく、
「自分ってほんとダメだなあ」と反省する毎日でした。
次に厳しかった2つ目は、
新卒1年目であってもお客さんに対しては
プロであることが求められたことでした。
せっかくなので印象に残っている
エピソードを2つ紹介します!
A社_私的整理による抜本再生
まずは1つ目は私的整理による
抜本再生をした案件です。
もしご興味ある方がいれば、
私的整理において何をするかは
また別記事にさせていただければ
と思いますが、
ざっくり要旨をまとめると、
金融機関に債権カットをしてもらい、
会社を別の会社(スポンサー)に
売るということをしました。
(いわゆる再生型M&A)
それだけ聞くと簡単に聞こえますが、
損益が悪い会社を買いたいという
会社は多くなく、
スポンサーを探索するにも
半年くらいの時間がかかります。
私が1年目の時に与えられたミッションの一つは、
会社の資金が持つかどうかを把握するため、
資金繰り作成をするというものでした。
この話が出たのが、入社3ヶ月の6月のことです。
「いや資金繰りとか作成したことないんですけど…」
そう恐る恐る報告すると
「そうか、じゃあ教えてあげるよ」
と30分のmtgが組まれました。
しかし、売掛金や回収サイトの概念も良く理解していない
新人にとって当然30分のレクチャーで分かりきることもなく、
そのまま四苦八苦しながら、
上司も忙しかったため、
地方に1人で2泊し、なんとか一応それっぽいものを作成しました。
この案件からは
ラストマンシップの重要性をさまざまと見せつけられました。
どれだけ年次が浅かろうと、
どれだけ知識が無かろうと、
お客さんの前では1人のプロフェッショナル。
その意気込みを持てるかどうか
が試される世界だなと痛いほど理解をしました。
そして、また資金繰りが本当にカツカツの会社に対して、
私が当時できたアドバイスは、
「社保や電気代の繰延」という知性も何も
あったものじゃないアドバイス。
今同じ状況でも同様のアドバイスしかできないとは思いますが、
本気で売上をどう稼ぐかということを
考えるきっかけになったと思っています。
その後も本当に大変で、
結局4年間の中で1番精神的にきつかった案件です。
社長はとても変わっている人で、
かつのちに債権カットの際の個人財産の証明でわかることになるのですが、
全然貯金もないひとで、
それでも私が1人で資金繰りを作りにいった時には、
鰻重をご馳走してくれました。
「一飯の恩」
本当にしんどかったけれど、ラストマンシップを教えてもらいました。
おそらく全然何を言っているかわからなかった
私に付き合っていただいたこと、
社長、本当にありがとうございました。
B 社_M&A 後のPMI
次に2つ目に印象に残っている案件は、
会社買収後のPMIに携わった案件です。
決して、M&Aだけに携った訳ではないのですが、
なぜかM&A関連が多いですね(笑)
PMIとは、M&A成立後に行われる統合に向けた作業のことです。
私の場合は、買収した会社が上場会社の子会社であったこともあり、
それなりに管理体制を求める会社であった一方、
買収された会社はザ中小企業という感じの会社で、
太陽光パネルの施工会社だったのですが、
職人の集まりでまさに個人商店といった感じの会社でした。
なお、業界知識として補足をしておくと、
建設業において予算は3種類存在します。
まず初めは積算予算。
これは工事において材料費や人件費、経費がどれくらい発生しそうか
ということを工事の図面から拾い上げます。
それに自社がとりたい利益率を乗じて、
依頼主に見積予算として提示をするのです。
ちなみに、中小企業では意外とあるあるかもしれませんが、
この見積りの提示された後、実際どれくらい原価が掛かっているかは
工事が終了するまで全く管理をしていないということは往々にしてあります。
工事が終了して、
実際の原価を調査してみて初めて、
とてつもない額の赤字になっているといった工事が存在することに
気づくのですΣ੧(❛□❛✿)
どういう仕組みがあればそれを防げるの?
そこで、登場するのが3種類目の予算である
実行予算です!
実行予算とは、
各種原価(材料費・外注費など)
の発生金額をおおよそ算出するものです。
簡単に言えば、より具体的な積算予算であり、
工事計画と言うものでしょうか。
実際にフォーマットをみてもらった方が
イメージが湧くと思うので、
建設ナビさんのとても分かりやすい
ブログを貼っておきます。
興味がある方はぜひみてみてください!
いったんまとめると、
我々の役務としては、
この実行予算を策定する仕組みを作り、
工事の進捗とともに発生している原価をおさえ、
予実対比をすることで、
以上なデータがないかなどの
「問題発見」の仕組みを構築することでした。
少し、想像してみて欲しいのですが、
こんなキッチリとした管理を、
いわば自主独立の組織文化でやっていた
買収された会社の
みなさんにお願いするとどうなるでしょうか??
そうです、ものすっごいフラストレーションが溜まります。
少し話はそれますが、
人は何かを変えようとされると否定から入る
という心理的効果を持っています。
いわゆるチェンジカーブというものです。
この会社でもそれは如実に起きてしまい、
「なぜ実行予算をやれないか」
というアピール合戦がはじまってしまったのです。
こうなると、
問題点を整理し、改善策を提言するのもコンサルの仕事。
地方の会社に主張し、
買収先の会社の経営企画のSさんの横に座りながら、
「午後1番までに問題を整理しておいて」
という指示を受けながら資料を作成する日々、
そして、そんな日々の中、
Sさんはコンサルティングファーム出身だったこともあり、
今でも忘れない一言をかけられました。
「シイさん、問題は理解できましたが、
どうすれば解決できるんですか?
その提案をしてもらえないと困ります」
今考えると、
問題を深掘りして、解決策まで同時に提示するというのは
コンサルの基礎の基礎なので、当たり前なのですが、
新卒1年目の私にとっては、
衝撃で、
そしてそれを外部から指摘される
というのはとても恥ずかしいなと思ったのを
覚えています。
1年目から、プロフェッショナルであることを
内外から求められる。
世の中には様々な職がありますが、
意外とそんな経験をできる職は多くはないのでしょうか?
そこが一つコンサル会社の良いところだと思っています。
そしてお客さんが厳しいことこそ、
結局は振り返った時1番成長するものだとも思います。
もう一つだけ、
Sさんとの忘れられないエピソードを紹介します。
実行予算を管理するにあたって、
エクセルのフォーマットを作成し、
被買収会社の皆さん宛に
説明するメールを書いて送信した時のこと、
1時間後に、Sさんからメールが届きました
「シイさん、正直何を書いているかわかりません。
これでは皆さんも動けないと思います。
もう一度推敲して、私に文面案を再度
提出してもらえませんか」
結局出張から戻ってくる上司をまって、
深夜に送り直したのを覚えています。
当時メールの文意がわからないの指摘されたのは
ショックでした。
一方で今後輩の教育担当として思うのは、
その後輩のメールの文意が冗長で
わからないというもの。
その時、Sさんに指摘されて以降、
「どうすればわかりやすいメールになるのか?」
を知らず知らずのうちに追求していたんだなと気づきました。
その会社とはPMIが終わり役務は終了しましたが、
風の噂だと業績は回復傾向にあるとのこと。
Sさん、メール一つから高い基準値を
1年目で教えてもらったことは大きな財産となりました、
なぜか社外のチューターみたいになっていましたが、
ありがとうございました!
1年目のまとめ
新卒1年目というのはどこに入っても
しんどいものだと思います。
会社に泊まったことも何度もありました。
しかし、私は結局労働時間の長さというよりは、
労働時間が長い割に、ゴミ資料ばかりを産出し、
付加価値を出すことができない
「できない自分」にどんどん絶望していきました。
冬のある日、
パソコンをつけたはいいものの、
全く手が動かなくなって、
午前中しなければいけない作業はたくさんあったのに、
全く何もできなかった日もありました。
土曜日から月曜日有給をとり、
彼女とユニバに行き、
帰った後teamsでの
「これどうなってますか?」
の嵐に初めて仕事で泣いた日もありました。
そして、退職代行を何度も何度も考えました。
それでも、そんな日があったからこそ、
今の自分があるんだと間違いなく言えます。
少し、長くなってしまったので、
2年目以降どうやった、この状況から回復していったのか、
は次の記事に回すとしましょう!
それでは、また!!