この記事は私が経験したコンサルの4年間を振り返ろうという記事になっています。

Part1とPart2はこちら!


1年目を経て、

毎日転職活動を考えていた私が、

どのように自律し、

顧客から信頼をされるようになっていたのか…!?


印象に残っている案件とともに、

2年目から4年目を一気に振り返りたいと思います。


2年目_信頼の前受け


2年目の最初(1年目の最後)

実は私にとって大きな転換がありました。


それは、上司が異動を希望し、

新しく変わったこと。


今思えば、これが大きな転機となりました。

何が変わったかというと、

新しい上司は、

先に信頼をくれたのです。


前の上司がプロパーであったのに対し、

新しい上司が中途入社であったという違いもあると思いますが、

拙いエクセルやパワポであったとしても

新しい上司は「さすがじゃん」

と褒めてくれました。


今自分が下を見るからこそ思いますが、

なかなか自分の期待値以下の資料・考え方に対して、

ポジティブな声かけをするというのは簡単なことではありません。


色んな上司のもとについたからこそ思いますが、

仕事のしやすさというのは上司によってさまざま違います。

逆に自分が上になったとき、

「やりづらいな」と思われないように

マネジメントを学ぶ必要性を痛感しています。


2年目の案件としては、

そんな上司と引き継いだ水産卸の会社の話を紹介します!


水産卸A社_計画モニタリング

少しだけ役務提供内容の補足を。

この会社はホテルやレストランを中心に、

水産物を卸しているthe卸会社でした。


コロナ禍のタイミングで、

ホテルやレストランが大打撃を受け、

合わせて当社も業績が急激に悪化。

資金繰りが厳しく、

そのタイミングで金融機関に

リスケ(返済猶予)を伴う

計画を策定し、その策定に当社が携わった

ことからの付き合いでした。


その計画では、コロナ禍が明ければ

ある程度売上が回復するという見通しを立てていましたが、

現実はそれほど甘くなかったです。


コロナを経ると、実はビジネス構造が多少なりとも変化をします。

例えば、ホテルにおいてもコロナ前であれば、

ある程度食品素材そのままが求められていましたが、

コロナ後以降は、例えば生ハンバーグといった

半製品が求められるようになってきました。


これらの需要の変化に本来的には対応していく必要があるのですが、

資金繰りがカツカツ、かつ再生期間が長い

(= 賞与が長期間払われない)

と組織は疲弊し始めます。


我々も毎月責任者会議に参加させていただいてましたが、

毎月計画未達が続き、

責任者も意気消沈をしていくばかり。

我々も一般論のアドバイスはしますが、

なかなか入り込むことができず、

優秀なメンバーから退職が始まり、

最終的には実抜計画の策定ということで、

別の第三者に計画策定を委ねることとなりました。


この案件を通して感じたことは、

企業にとって、資金繰りが命で、

そのために蓋然性の高いものはコストカットですが、

やはりどこかで売上拡大の必要性があるというもの。


そして損益を良くするということは

当たり前ですがとても難易度が高いということ。


結局自分の力不足で

金融機関対応以外あまり役に立てなかった本件を経て、

粗利率の改善やメーケティング支援ができる

コンサルになりたいと強く思いました。


3年目_初めてのPM・専務との大喧嘩

そんなこんなを経て少しづつ成長し

3年目を迎えたタイミングで、

初めてPMを任される機会を得ました。


ちなみにPMとは、

プロジェクトマネージャーの略で、

プロジェクトの推進に対して責任を持つ人です。


現場責任者のようなものでしょうか。


とにかくそんな初PM案件お客さんさきの

専務と大喧嘩をすることになるとは…


非常に思い出深く、

また今でも正解が悩ましい案件なので

ご紹介をさせてください


金属加工B社_計画再策定


今回初PMで担当した

会社は金属の1次加工(切断)を対応する会社


5年ほど前に私のつとめる会社が返済猶予のための

実抜計画を策定したものの、

その計画に対して下振れしているため、

金融機関から事業の可能性を見極めるために、

再度の計画を依頼されたのでした。


なぜ、その会社の業績が悪化したかというと、

金属加工の1次加工(切断)の需要が減少し、

固定費を賄いきれていないという事情がありました。


こういう場合の財務アドバイスは

大きく3つに集約されます。


まず一つ目は粗利率を上げること。

一方で基本的に切断だけという事業に価格競争力はなく、

むしろ値下げを要求されている状況の中、

なかなか値上げや商品ポートフォリオの組み替え

という選択肢は現実的に厳しかったです。


2つ目は売上の拡大。

つまり新規得意先を開拓するということですね。

しかし、これも当社の場合難易度が高かったです。

なぜならば諸事情により営業人員は退職しており、

結果として1年間新規営業をできていなかったためです。


かつ仮に新規営業を実施したとしても、

需要縮小状態かつ、当社に強みとなる技術がなければ、

実際に新規営業を獲得するのは相応に困難です。


故に、この選択肢も実現可能性が低いと第三者的には判断をしました。


最後の3つ目は、固定費の削減。

もちろん好ましいことではないですが、

固定費を圧縮すれば損益分岐点が下がるため、

会社の存続という観点からは十分に有効な手です。


そしてこの会社の場合

東京オリンピック需要を見越し、

同じような工場を新設していたため、

まさに固定費が高止まりしている状況でした。


経営は赤字が続いており、

このままのペースで続くと

資金繰りがもたなくなるまであと2-3年ほど、

1年目にそうなる苦しさを見ていたことや

結局倒産した場合、自宅も社長の担保に入っている以上、

家がなくなる社長のことを思うと、

この新設した工場は撤退して

固定費を減らすべきと私は主張しました。


社長は生活の件もあるので早めに納得いただいたものの、

弟である専務が大反対。

「雇用の問題が」

「風評の問題が」

など結局は工場を建てた経営判断がミスだった

と思われたくないということだと理解をしていますが、

何度説得を試みても折れてはくれません。


結局はどんな意思決定も会社がするものであり、

あくまでコンサルはそのサポートをするというもの。

こうなると話は拗れていきます。


仮に売上を拡大していく場合、

新規先で現状の既存先売上高の3割ほどを賄わなければならず、

これはなかなか現実的ではないのです。


そうして、迎えたある日事件が起こります。

専務から私に、

「じゃあなんだ、シイさんは工場を撤退すればうまくいくっていうんだな、

勝手にそうすればいいじゃねえか!」

ときれられ、

そうではないことを説明すると、

今度は社長から専務に、

「じゃあお前も連帯保証に入れよ

そして売上拡大に本当に責任を持ってくれんなら

もう少し待つよ」

と普段温厚な人がブチギレ、

専務もめんくらったようで、


流石にいったん、持ち帰りということになり、

その日は終わりになりましたが、

会社を背負うこと、家族を背負うこと

の重みをすごく痛感しました。


結局、そのあとも専務を説得しきれず、

売上拡大ができる可能性にかけて

半年まつという結論に至りました。


実は今この案件は、

他力再生を目指して、

スポンサーを探しています。


結局専務がいった売上拡大どころか、

既存先からもどんどん売上は減少し、

赤字幅が拡大してしまったためです。


しかし、現在も簡単にはスポンサーは見つかりません。

業績が悪いことを確認すると、

手が下りてしまうのです。


もしあの時工場から撤退するという意思決定ができていれば、

収益が多少なりとも改善していれば

会社にとって、社長にとって

今は変わったのかもしれません。


いろんな会社の最終局面を見ている一方で、

その経験を他者に伝えるというのはとても難しく、

「現状維持バイアス」がどうしてもかかってしまいます。


最後そこをどかすような

説得力については今後やはり身につけていきたい

とすごく思うのです。


4年目_豚肉卸C社実行支援

最後は明るい話で締めましょう(笑)

新卒1年目からずっと付き合いのある

会社さんの話です。


豚肉・牛肉の卸・加工会社なのですが、

県内有数の規模であることと、

競合他社の廃業が進む中、

昨年の業績はこの10年間で最高と

非常に成長基調にありました。


一方で経営を見るのは社長のみ

と今後成長を考えるのであれば、

経営管理体制は脆弱。


そこで私から社長に、

経営幹部育成を兼ねて、

中期経営計画を策定しませんかと打診をしたのです。


ここで誤解を恐れずにいいますが、

中期経営計画の意義は数値達成ではないと

私は思っています。


計画を立てるために会社の現状を分析する、

達成を目指して様々なことを試行する。

そうした試行錯誤の中の

人の成長こそ個人的には1番の

計画を立てる意義だと思うのです。



この本にも記載があるように、

経営計画を立てることは、

ポートフォリオの変遷と人材の成長を促します。


そうして、

部長層と計画を立て始めることになり、

会社の財務を勉強することになりましたが、

現状社長として役務提供に満足いただいているようです。


というのも今期は業績が若干厳しく、

賞与を昨年より引き下げをしたのですが、

その際に「労働分配率」の概念を理解した

部長陣が社員に対してその理由を説得してくれたとのことで、

助かったらしいのです。


その上、社長に飲みに連れて行ってもらった時に、

私の父がコンサル会社を経営していることを話すと、

冗談かもしれませんが、

「つくごとになったら契約してあげるよ」

と言ってもらえたのです。


少しでも1人でも付加価値を提供できるように

なっていたことに嬉しさを覚えたのでした。


コンサル勤務を振り返って


4年間、各年次で1番印象に残っている

シーンを振り返りましたが、

色々ありましたね。


私の上司の言葉ですが、

「足らざるをしり、改善していくことが基本」

とまさにそれを地で行けたのかなと思っています。


冒頭の

「なぜ自律できたのか?」という問いに答えるのであれば、

自分が成長したからなのです。


成長をすれば、お客さんに価値を提供するものが増える、

そうすれば信頼してもらえることができる。

感謝の言葉をかけてもらえる、

そうして自分に自信を持てるようになっていく。


どの会社でもそのサイクルだと思いますが、

コンサル会社というのは、

そのサイクルを回す期間がかなり短いのです。


それゆえに、1年目の1番しんどかった時の自分に

伝えることができるのだとすれば、

無責任であっても

もう少し頑張ろうということだと思います。


それくらい振り返った時に

大きな財産となる4年間でした。

本当に楽しい4年間でした。


何を学んだかは最後別記事にしますが、

関わっていただいたすべての方に

御礼申し上げます。


それでは、また!!

投稿者
アバター画像

シイ

東京勤務でコンサルタントをしているシイと申します!強い経営✖️強い国づくりとは何かを考えみなさんと議論できればと思っています、(もちろんたまにゆるいことも!)よろしくお願いします!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)